2月1日になると、味がしなかったラーメンのことを思い出す
2月1日。
東京と神奈川の中学受験解禁日。この日付を見ると、今でも胸の奥がきゅっとする。もう何年も経つけれど、あの日の空気、あの時の感覚は、鮮明に思い出す。
前日の夜、紙袋事件
前日の夜。
私は昔から整理整頓が苦手で、模試や日特の教材も、きれいにファイルできず、とりあえず紙袋に突っ込んでおくタイプだった。「あとで見る用」の紙袋。何気なく開けた瞬間、固まった。
未チェックの教材が、まるっと一袋。
「え……これ、やってないよね?」血の気が引いた。よりによって前日。しかも夜。
半泣きで娘に聞いたら、「いいよ、今からやるよ」と、やけに落ち着いた顔。悟りの境地?包容力さえ感じる。
結局寝るのが1時間遅れた。「睡眠足りなかったらどうしよう」「算数で頭回らなかったらどうしよう」そんなことばかりが頭をグルグル…いつでもどこでも3分で眠れるのが特技の私も、この日ばかりはなかなか眠れなかった。
当日の朝、グリーン車と“ニヤニヤ母作戦”
当日はまだ暗いうちに家を出た。いつもの路線。その日はグリーン車に乗った。受験当日の、ちょっとした癒し。ふかふかの席に座って、「ああ、少し楽かも」と、ほんの少しだけ気持ちが和らいだ。
でも同時に、ずっと考えてた。
「今日、母はどんなテンションが正解なんだろう」焦るのは絶対ダメ。「どうしよう」は論外。娘をいちばんいい状態で送り出すには…
よし。今日は “余裕の母” になる。そう決めて、私はずっとニヤニヤしていた。窓の外を見ながらニヤニヤ。娘を見てニヤニヤ。今思えば、完全に怪しい人だったと思う。
でも必死だった。母の不安は、絶対に見せちゃいけない。
行列と、先生と、靴紐
第一志望の学校は、駅からそれなりに歩く。親子の行列が、黙々と、整然と、進んでいく。
もう少しで正門、というところで、お世話になったNの先生たちの顔が見えた。その瞬間、体の力が抜けた。
「ああ、ここまで来たんだ」
横では感極まって泣き出すママもいて、気持ちは痛いほどわかった。
そんな中、娘は。「あ、靴紐ほどけてるよ!」と声をかけられて、「あ、ほんとだ〜」
……そこは、私に似てる。こういう大事な日でも、どこか抜けている。でも、そのあとが違った。私だったら絶対焦ってアタフタするのに、娘はニコニコ、ゆっくり結び直す。
「これで大丈夫だね!」って先生と握手して、スタスタ歩いていった。似てるのは、うっかりなところだけで、肝心なところは、私よりずっと落ち着いている。
受験票持ったね?ポケットティッシュ足りてる?さよならしなくてはいけない場所で、なんとなく呼び止めていたい母。娘は大丈夫だよ行ってくるね〜と、たくさんの背中に紛れて、階段の向こうに消えていった。
そして、味のしなかったラーメン
娘を送り出したあと、私は夫と合流した。夫は、不測の事態に備えて車で来てくれていた。何かあったらすぐ動けるように。
ありがたいなと思いながら、目的のお店まで歩く。そう、夫婦で大好きな天下一品。前々から計画していたご褒美ラーメン、癒やしの時間、のはずが…
一口すすった瞬間、不思議な感覚。
……味がしない。いくら口に入れても味が分からない。ほんとにヒモを食べてるみたいだった。スープの味も、匂いも、全然入ってこない。初めての体験。
娘が今この瞬間、問題を解いてると思ったら、もしくは解けていないのではと思ったら、胃がぎゅっと縮こまって、ラーメンどころじゃなかった。
夫も無言。二人で、ただ麺をすすってた。
2月1日になると、夜の茶色い紙袋と、ニヤニヤしていたグリーン車の風景、いつものNバッグを背負って、階段の向こうに消えていった娘の背中を思い出す。
そして、味のしなかったラーメンのことも。